自分にとって大きな変化が起きるその日は、その出来事に集中してしまって、あまりそのほかのことを考えない。が、その変化によって自分の当たり前の日常が、ガラリと変わってきていることに気付く日がある。
気づくタイミングはその日ではない、またその「あたりまえ」を取り戻した日。
取り戻せなければ、日常は自分の頭の中に格納されて、もう2度と取り戻せなくなる。多分、そういう記憶がいくつかあって、気づくと悲しい気持ちになると思うが、そもそも自分自身の記憶力のなさにいつもうんざりしているところから、多分思い出せない。
もしくは、この考えに耽った時、じーっと自分の過去を見つめ直すために時間を使えることがある。
そのタイミングが来れば(3年に1度ほど…)、思い出すきっかけになって回収できるのだが。
とはいえ、それを記録しておく余力がなければ、すぐに忘れてしまうものであり、また記憶の片隅に格納されていってしまう。だからこそブログで消化しなければならないが、体力が持たないこともある。
今日は割とやる気が出ていて、書いていけそうな気がするから、この勢いに任せていくつか思い出してみようと思う。
余談だが、このように私自身がやる気を持った日には、必ずと言っていいほど雨が降る。
因果関係があるのだろうか?気温が高くなり、雨が降った日にやる気がでるかもしれない…的なことを考えた日もあった。
こういう風に少しずつ引き出しを開けていき、鮮明に思い出していこうと思う。
最近新しいスマホを購入した。
この記事で詳しく記載したのだが、正方形のスマートフォン。
これは、たまたまXかなんかで、クラウドファンディングの広告が流れていて、そこから気になりだし、購入まで至ったやつ。
クラウドファンディングには興味があったが、特にほしいものはなかったので、未体験だったが、これは熱量に押されて購入してしまった。
正方形のスマホは使いづらいだろう…と思っていたが、まぁ、許容できるが、ポンコツではあった。
話が合わない友達、だけど、なんか憎めずに腐れ縁になっている。
そんな雰囲気が近いかなーと思う。
これを購入した1つの動機は、以前使用していたIPhone12 miniの背面がバッキバキに割れてしまったこと。
画面も割れているので、いつ故障してもおかしくないわけだった。そして、バッテリーは1時間持てばいいほう。電車に乗るときは必ず10,000mAhのモバイルバッテリーを持参し、充電しながら乗る。
電車でYouTubeを楽しもうものなら、確実に改札を出られなくなるほどだった。IPhone 12 miniは優秀なやつだったが、歴戦によってポンコツになっていって、今は僕の手助けがなければ全く使えない感じにはなっていた。
というので、動かなくなると仕事の関係でオワってしまうため、新しいスマホを購入したわけだ。
購入から4か月彼は頑張ってくれたので、すごく助かった。(途中で付かなくなったらどうしよう…とひやひやしたタイミングが10回以上はあったから、最後まで力を振り絞ってくれたのだろう。)
それはそうと、新しいスマホが到着した。この出来事を機に、IPhone 12 miniの出番が本当になくなった。これが今回、この話を書こうと思った出来事の1つ。
僕自身はあまり変化を好まない性格だが、望んでいなかったとしても、いつかお別れが来てしまうこと。そして、今回はお別れに気付いたからいいが、気づかない瞬間も結構あるということになんとも言えない悲しみを。悲しいというか、泣けもしないし、柔らかな笑みも浮かべられない、そういった少しやるせない感覚を感じた出来事だった。
今日の話。
昨日思いついたことが、朝まで頭にこびりついていて、それで実行してみようと思った。
そういえば、車を購入してから、遠くまで歩くことが本当になくなったなぁと思った。厳密にいえば、何か事情があれば遠くまで歩いていく気持ちはあるが、車があるからダイレクトにアクセスできる。
つまり、場合分けをすると、事情がなくてなんとなーくあそこ行きたいなーと歩いていた。みたいな頭を空っぽにして動くことが本当になくなったな―と気づき、ちょっとだけ悲しくなった。
昔は、ハードオフに行きたいと思っても、どこも往復2時間以上かかったし、疲れたから公園に散歩に行こう!とか思い立って歩くみたいなこともなくなったし。
ということで、今日は3年ぶりに近くのコミュニティセンターに行こうと思った。そこの2階には勉強スペースがあって、そこで軽く作業をするのが3年前の「あたりまえ」だったから。
今日は土曜日だから大丈夫かな。
と思ったら、近くでは入学式が行われていたみたい。入学式かー。近くの学校がもっぱら入学式であれば、コミュニティセンターも空いているはず!
と笑みを浮かべながら、ちょっとだけ歩む速度を上げた。
あの時を思い出す。その日も雨が降っていた。
今日と違うのは、風が強かったこと。透明な蝙蝠が数分おきに現れては消えていく。
僕は真っ黒な蝙蝠だったと思う。
途中であきらめて蝙蝠の着ぐるみを脱いで、びしょびしょ人間になったことも何回かあったかな。
あのコンビニ1回も入ったことないなーとか、あれ、文字が薄れてるけど、何建設かなーとか…
いろいろ考えながら歩いていた。
やっとセンターについた。この階段懐かしい気がする…が、あんまり覚えていない。という感じだった。
しかし、階段を上ると、全席埋まっていた。
40席もあるのに―!
と、悔しい気持ちを抱えながら外に出た瞬間、
思い出すよ~
という歌詞が両耳から侵入してきた。
だからその瞬間、許していた。
「仕方ないなぁー」と軽く受け身を取りながら、近くのコーヒーショップでこのブログを書いている感じ。
以前の僕なら、コミュニティセンターが空いていなければ、そのまま直帰したりもあったから、そこだけはちょっと変わったかな。
「いつも」から少し離れると、自分がどう変わったかに気付くことができてちょっと面白い。
とはいっても、多分本質は変わっていないんだけどね。
コーヒー代たかいなーとか、何も食べずに来たの失敗した!280円のソーセージパン高い!頼むんじゃなかった…とかいろいろと考えてしまうし。
ソーセージパンとブレンドコーヒーの800円以上のブログを書くぞ!と闘志を燃やしながら作業しているのです。
今ブログを書いているこの場所から、徒歩5分のところにある古文房具屋さん。
以前、ふらっと寄らせていただいた。
文房具大好きだし、あの空気感が大好きだったんだよね。
平易に表現すると、レトロな感じ。確か、押入れの暮らしを始めたての頃の話。
どんなデスクにしようかなーとアイデアを集めていた時に、たまたまその文房具屋さんが出てきて、ちょっとごちゃごちゃしたデスクも集中しやすそうだな―とか考えて…
リサーチの目的も含めて訪れた気がする。
あとあれだ、OHTOの鉛筆木軸ボールペンを探していたのだが、このペンを探していて―という話をしたら、使えないやつだけど、500円でなら譲ってあげてもいいよ。
ということだったので、いただいたことを覚えている。
結局、改造して使おうと思ったけど、使わずじまいで今は引き出しの中に眠っているんだけどね。
いつか、3Dプリンターとかで復活させたくはあるんだけども。
そういえば、3Dプリンターを買ったのもそのあとくらいのタイミングだったかなー。結局、何回か使って故障してしまったので、そろそろ捨てるかーという状況なんだけれど。また新しい3Dプリンターが必要だなー。
次は、フィラメント式のバンブーラボの3Dプリンターがいいかな。積層痕がほとんどなくて、割とそのままでも型取りとかできそうだし。

思い出しながらブログを書いていたら、意外と時間が経っていた…
日々時間を気にして生きていると、割とせかせかしていて、辛い気持ちになるが、何も考えずに過ぎていく時間はちょうどよい。
楽しくて充実した時間を過ごせている気がする。
これを毎日やれと言われるとなかなか、体力が持たなくて大変だったりするのだが、これすらも日常の1コマとして設定しておけたら、いつか思い出したときに懐かしい香りを感じ取ることができるのだろうか。
時間がスパイスとして機能していく何かを、いつも思い出しつつ、新しいことにも挑戦していきたい。