Saenghwal Gadeuk→サウェンガデックと発音するらしい。それでいて、日本語に翻訳すると「生活いっぱい」と出てくるらしい。
つまり、全く意味のない単語らしい。

私は、11/16に藤巻瞬が開催した個展「Saenghwal Gadeuk」に足を運んだ。
横浜、石川町にある「LAUNCH PAD GALLERY」は、以前間接的にお世話になった。
確か、あれは1年ほど前だったと思う。例のごとく藤巻瞬の個展「swipe」が開催された時に”お手伝いさん”として足を運んだ。
昔カフェだったのかな?と思うくらいには、おしゃれな扉がある。あの扉を開くときにちょっと懐かしさを覚えるのは、見慣れない親指で押すタイプの錠前があるからだろうか?(サムラッチ錠というらしい…)
まぁ、そういう知識があってもなくても奥ゆかしくてよい空間だなぁーといつも扉を開けるたびに思う。
以前は単管パイプを車で運び、ギャラリー内で組むという、ITの仕事をしている人がやるべきではない、役不足のお手伝いをしたが…
今回は、完全にお客さんとして「Saenghwal Gadeuk」を見た。かった。
うんーお客さんとして見るつもりだったが…
藤巻瞬とは、気づけば長年の付き合いだ。いや―…長年の付き合いに足を突っ込んでいると表現するくらいの長さだと思う。最終的には搬出をお手伝いしたから、今回も完全にお客さんにはなれなかった。
まぁ、そうなりそうだな―と思いつつ、2時間かけて横浜まで車を走らせたわけなので、むしろ役割が与えられて良かったのだが。
藤巻瞬とは定期的に話す中だ。良い先輩なので、いろいろ相談ごとをするし、アートのことを語れる友人が全然いないので、そういった話で盛り上がれる。
いつもどういった考えで制作をしているだとか、次はどんなプロジェクトがあるだとか、お話をしている。
そんなわけで、藤巻が韓国・光州で2か月の滞在制作メンバーに選ばれたことは知っていた。
韓国・光州の Spaceppongにて2ヶ月間の滞在中に撮影した写真、映像と収集した日用品を組み合わせた作品を展示

ギャラリーに入って、まず目に留まったのは韓国の日用品たちだった。
写真や映像もあったけれど、なんというか…日用品が空間を支配していた。韓国で暮らしている間に手に取ったであろうモノたちが、ギャラリーの中に並んでいる。それだけで、不思議な空気感がある。

異国の「生活」をそのまま切り取って、横浜のギャラリーに持ってきた―そんな感覚。
見たことのないパッケージ、読めないハングル、でもどこか「暮らし」の匂いがする。生活感があるのに、非日常。この矛盾みたいなものが、妙に心地よかった。

藤巻瞬の作品は、もともと内側に向かうタイプだと思っている。自分の中にあるものを掘り下げて、形にする。そういう作り方をする人だ。
だけど今回は、ちょっと違った。
韓国・光州という「外」に身を置いて、滞在制作という形で外の世界に飛び込んでいる。でも、そこで出てきた作品はやっぱり「内側」のものだった。外に行ったからこそ見えた内側、というのだろうか。
半分外で、半分内。その塩梅が、今回の「Saenghwal Gadeuk」の面白さだったように思う。

意味のない言葉をタイトルにしたのも、なんだかそれと繋がっている気がする。意味を持たせないことで、純粋に「生活」そのものを見せようとしたのかもしれない。

…まぁ、本人にそこまで聞いたわけではないけれど。
搬出を手伝いながら、次はどんなものを見せてくれるんだろう―なんてことを考えていた。
2時間かけて帰る車の中で、あの日用品たちのことがまだ頭に残っていた。

きっと、次の個展にもまた足を運ぶと思う。お客さんとして行くつもりで、結局また何かを手伝っているのだろうけど。
おまけにもらったシールは、剥離紙が引っ付いてしまい、はがすのが大変だった
