サンプリングについて考えてみる|偽物を作る=サンプリングであれば楽に生きられる

サンプリングについて考えてみる|偽物を作る=サンプリングであれば楽に生きられる

最近、自分が多趣味であることに気づいた。

  • コーヒー
  • お茶
  • お酒
  • 音楽
  • 芸術
  • カメラ
  • 古道具集め
  • レトロゲーム

などなど。
結構いろんなことに手をつけていて、収集が効かなくなっているほどだ。

そうだ、忘れていた。
このブログも僕の趣味といえる。

大学2年生頃にブログを始め、今や25歳。
思い返せば、5年ほど続けては辞め、続けては辞め…とブログに傾倒しているのである。

これほどの趣味を持っている人は、知人にはあまりいない。
思いあたるのは、ここ2年ほど仲良くさせていただいている、関根秀樹教授くらいだろうか?
とはいえ、先生は違う次元にいらっしゃるので、一旦傍に置いたとして…
そうすると、身の回りには多趣味の人は0だ。
何かしら1つのことに熱中していて時間がない。という人がほとんどだ。

だから、あまりこの話は理解してもらえない。
少なくとも、普段関わっている人たちには…

「他分野の知識・経験は自分の専門分野を強化する。そして総合的に知識を身につけることこそが突飛な発想を生む。」

という話。

例をあげよう。
たとえば、コーヒーを抽出する際の温度は一般的に87〜97度が良いとされている。

コーヒー焙煎歴20年の職人に聞くと「97度がいい。温度を変えて抽出してみたが、97度が一番美味しかった。」というように「経験則」にもとづいて回答が返ってくる。

化学に詳しいサイエンティストに聞くと「お湯の温度を高くするほどクロロゲン酸が溶けやすく、苦味のあるコーヒーに近づく」という「データ」にもとづく回答が返ってくる。

芸術家に聞いてはいないがもしかすると「水でコーヒーを入れて後から温めるのが一番いい」という回答が返ってくるかもしれない。

つまり、得ている知識量によってアウトプットが異なるのだ。
であるとするならば、幅広い知識を習得することこそが正義ではないかなと考えている。

ここまで長々と話してきたが、こういった話は理解してもらえない(細かくいえば、理解はしてもらえるが腹に落とし込んでもらえない)のだが……

ここ最近、新たな出会いがあり、理解してもらえるひ人たちに会うことができた。
さらに、僕が考えていたことは「サンプリング」という一言にまとめられると、教えてもらった。(勝手に話を繋げただけだが。)

今回は、この「サンプリング」という言葉について少し考えてみた。つらつらと書き綴ってみようと思う。

サンプリングについて少し解説

A simple and modern illustration of music sampling. The image should show a young DJ in a stylish, minimalistic home studio setting. The DJ, a young Black male, is focused on his equipment, which includes a turntable, mixer, and laptop. He is wearing headphones and adjusting a track. The background is sleek and modern, with subtle blue lighting to add a cool tone to the scene. The image should be in a 16:9 ratio, emphasizing the equipment and atmosphere.

そもそも、サンプリングとはなんぞやという話。
僕自身、なんとなくは理解していたが言語化が難しいことばだったので、少し調べてみた。
すると、いろんな分野で「サンプリング」という単語が使われているらしい。
どの分野でも使えるよう、公式化するとこんな感じだろうか。

要素を抽出し、組み合わせて新たな結果を生むこと。

若干、抜き取れていないニュアンスもあるが、これで十分わかるからヨシとしよう。

音楽の分野では、曲から抜粋されたフレーズを組み合わせて新しい1曲を作ることだし、データ分析では、ビッグデータの中から標本となるデータを抽出することだ。

僕の中で構築されている言語を示しておくと、以下のようなものもサンプリングという枠組みに分類されている

  • ペットボトルの蓋を塗装してフィギュアの台にする
  • 3Dプリンターでスパイダーマンのフィギュアを作る
  • AIに固有名詞を打ち込んで画像を生成する
  • 現代アートとして男性用小便器を設置する
  • パスタにカップ麺の元を入れて料理する

若干「マッシュアップ」かもしれないとか思うが、難しいことは嫌いなので、一様に「サンプリング」として理解している。

最近起こった出来事からサンプリングを考える

A realistic and detailed illustration focusing on a modern, naturally-lit office environment without any people. The office features a sleek desk with a digital tablet displaying global news, surrounded by multiple screens showing various current events. The room is filled with natural light from large windows that offer a view of the cityscape. The atmosphere is calm and professional, with a focus on the technology and workspace setup. The image should be in a 16:9 ratio, highlighting the contemporary and realistic office setting.

この記事を書こうと思ったのは、サンプリングについて考える機会が短期間にやたら集中していたからだ。

これは、僕の頭が「サンプリング」に支配されていたから、情報が入ってきたからなのか、それとも、引き寄せの法則?的に神なる存在がUSBのようなものを差し込んできたからなのか?はわからないが。(あまり神なるものを信じていないが、そう考えざるを得ないほど詰まってきたため。)

①START!での出会い

僕にとっては先月の一大イベントであったSTART!
<み>る会主催の藤巻瞬氏から紹介を受け、参加するに至った。

結構タイトなスケジュールであったのと、3人分の作品を軽トラで運ぶという割と無茶なミッションだったのとで、大変だった笑

でも、これを達成したことは大きな自信になったし、計画を立てればなんとでもなることが学べたので、本当に良い機会だったと思う。

そして、もう1つSTART!出展者さんとの出会いがとても大きかった。

全国津々浦々からイベントに参加した出展者さんとコミュニケーションが取れた。関西から九州を経由して参加したコーヒー屋さん、佐渡島からはじめてイベントに参加したという造形師さんなどなど、色々良い話ができて、とても満足している。

このイベントでサンプリングについて考えたのは次の3つ。

  • 造形師さんの独自の表現手法
  • 写真、映像、音楽を制作しているマルチクリエイター
  • フレグランスDJという異質な存在

この記事で取り上げると、おそらくめちゃめちゃ長くなるので、割愛するが…
みな誰からも教わっていない表現を取り入れていて、その手法がまさに「サンプリング」だったのだ。

僕自身の作品も「サンプリング」的なアプローチではあったのだが、言語化には至っていなかった。
客観的に作品に触れることで、自分の作品がサンプリングであったことをより感じた良い機会だった。

②楽曲制作欲の再熱
最近、楽曲制作欲が再熱してきた

というのも、以前からDTMには何度か挑戦していて、その度挫折、また挫折と、何度も続けては辞めてを繰り返してきた。(こういう難しいものはいつもそうだ。)

しかし「音楽って難しいものではないんじゃね?」という考えを持つようになった。
これはおそらく「Tempalay」というバンドにハマっていることが理由の1つである。

彼らは、文字どおり、音を楽しんでいる。バンドメンバーのAAAMYYYのスタジオ紹介では機材について少し解説されているが、あえてレトロな楽器を使ったり(これもサンプリングだ!)と、「音楽は難しいもの」という固定観念を全力で崩しにきてくれている。

ならば、崩されよう。

そして、AAAMYYYはバンドメンバーの立ち位置として「中庸」を担っているようであり、この点も僕の性格とマッチするものがある。

つまりは、僕と似たような性格の持ち主が音を楽しめているのなら、僕にできないわけがない。
と強いメッセージを(勝手に)受け取らせていただいたわけだ。

こういうメッセージを勝手に受け取るのは得意中の得意である。

そしてもう1つ。
写真・映像・音楽などを手掛けるマルチクリエイター「liyooha」との出会いも大きい。

前述したSTART!で出会った彼。
詳しいことは本人に聞かねばわからないが、加工・ギーク・凝り性など、彼の性格を鑑みるに…
クリエイティビティを発揮する際に活用しているアイデアは、何か他のものから取り入れているのではないかと考える。

サンプリング的な手法をとっているのではないだろうか。
近しいものを感じたので、考察してみた。

あとは、楽曲制作を好む仲間の思考が覗けて純粋に嬉しかった。

いずれにせよ、僕の中で楽曲制作を考えることはサンプリングを考えることと同様だった。

③偽物であるということ(最近の思考)

最近考えていることがあり、その思考すらも「サンプリング」という言葉で片付けられるようだ。
ちょっと難しい話なのだが、あえてそのままのことばで語ろうと思う。

僕は、偽物であることに興味がある。
この話を進めるためには、大学1年生の頃に学んだ「モデリング」に異様な興奮を得たあの時に遡らなければならない。

スタイロフォーム(スポンジの硬いやつ)を熱線カッターで切り出し、その表面にパテを塗る。表面が乾いたら紙やすりを使ってパテを平滑に。綺麗な平面ができたら塗料を吹き、モデルを仕上げるというものだ。
文章で書くと数行で終わるこの作業だが、やってみるとわかる。本当に骨が折れる。
10時間やっても綺麗な表面を手に入れることは困難である。
「思い通りに物語が進まないと済まない」性格の人にとってはまさに地獄。
この作業を進めたら最後、脳みその90%を「モデリング」が締めるといっても過言ではない。

こうしてモデリングを学んだたけみや青年も例外なく、モデリングの沼にハマっていった。
非常にシンプルな作業であるが、難しすぎる故、「思い通りに物語が進まないと済まない」性格の僕は、大学4年を超えてもモデリングへの執着を忘れていなかった。
今でもモデリングとの戦いは終わっていないと思っている。

しかし、大学を卒業してからはモデリングをする時間なんてなく、3Dプリンターを買って、造形をすることにした。UVレジンの出力物はなんて素晴らしいのだろう。
ヤスリを使わなくても表面が平滑で、スプレーを吹けばいとも簡単に求めている造形が手に入る。
3Dプリンターでゲームボーイのソフトの造形を再現できるのだ!

しかし、ここで忘れてならないのは「モデリング」の呪いからは一時的に解放されているが「偽物を作る」という呪いからはずっと解放されていないということだ。
そもそもなぜ「偽物を作る」には魅力があるのだろう?

偽物であることは2つの意味を持つ。

  • 鑑賞者に肩透かしを喰らわせる
  • 悲しい出来事は偽物で片付く

肩透かしを喰らわせるというのは、いわば、マジックのタネを教えてもらった時のようなもの。
なんだ、そんなことだったのか!
という安心感もとい、喪失感がフィクションのように襲ってくるが故、魅力的なのだ。

このシナリオを理解する上で、僕が実際に体験したエピソードを引用して、説明したいと思う。

電車のホームの下には黄色いぬいぐるみが落ちていた。
それは5歳の子どもが落としたのかもしれない。
もしくは、18歳のギャルのリュックサックについていたキーホルダーかもしれない。
会社から自宅に帰る父が娘のために用意したぬいぐるみかもしれない。
しかし、実はこれら全てのシナリオを想定して設置した現代アーティストによる作品だったのだ。

こんな風に。
安心感と喪失感がフィクションのように襲ってこないだろうか。
まさしく、僕が魅力的に感じているのはこの部分であり、そして呪いから解放されないのはこの部分である。

そして、サンプリングとは、何か他の作品を引用して制作したいわば「偽物」である。
だが、元の作品の存在を鑑賞者が理解したとき、安心感、喪失感が押し寄せ、肩透かしを喰らったような感覚に陥る。しかし、その「偽物」は元の作品よりもかっこいいと感じたりするのだ。

これが、偽物もとい、サンプリングの魅力。

全てがつながっていることはサンプリングで証明できる

なぜ、これほどまでにサンプリングに執着しているかというと、サンプリングを正とするならば「この世で起こっていることは全てつながっている」と証明できるからだ。

この理論を証明できれば、何人も生きることが少しは楽になると思う。
成果を出したい分野において、無理はしなくていいし、勉強をする必要はない。
イベントを起こす努力は多少しなければならないが、あとは流れに身を任せることでうまくいくはずだからだ。

人を否定する必要はない。
全てがつながっているから、相手の意見は自分の持ち駒の「いずれ」かで賛同できる。

そう考えれば、少しは楽にならないだろうか。
僕はそう考えて「サンプリング」という、何かものすごく大きなテーマについてこれから考えたいと思う。