この日はいつも、とても憂鬱な気分で起きてしまう。
あぁ、11時30分集合だから、その1時間前には電車に乗らなければならない。
あ、ちょっと待って、駅まで20分かかるやん。
多く見積もって1時間30分前には出発しなきゃ…
え、ってか初めての場所だよな…道迷ったら迷惑かけちゃうから、2時間前に出るかー
そんなことを考えてしまう。
この手の日の朝は、心配性が加速していると思う。
24時間の流れ方が違う、そういう日だ。
とはいえ、会社の飲み会が苦手で行きたくないというわけではない。
いつも、本心から楽しく過ごせているし、コミュ障の僕にとっては、こういうショック療法をたまーに与えなければだめだと思うから、そういう機会があると助かる。
この1日で得られる情報や、モチベーションは非常に大きいと思っているからして、総合的に見たら嬉しい・楽しい日である。
もしかすると、楽しすぎて寝れない”遠足のような日”なのに、感覚受容体の構造に問題があって、体が誤作動を起こしている可能性があるかもしれない。
とまぁ、こんな感じでつらつら書いているのだが、この文章を読んでわかる通り、僕は非常にマイペースな人間。ギアを落とそうと思えば、とことん落とすことができる。朝、いろんなことを考えて2時間前に出ようとしていたのに、、、
もうちょいゆっくりできるかな…!で今時間は?
と
時計を見た時にちょうど2時間前で、我に返ることができた。(時計が近くになければ多分ゆっくーりとギターを弾き続けていたと思う。)
飲み会の話
時をだいぶ進めたいと思う。
会社のプログラムで勉強できたことが多々あり、とても充実した時間を過ごせたのはそうなのだが、秘密保持の関係であまり話せないので、そこは割愛して…
飲み会の話。
すこし酔っぱらいつつも脳は正常だったので、会社にいる人たちの人間観察をしていた。 この人たちはみなリモートで働いているので、年に数回のオフラインプログラムでしか会うことができないレアキャラ。
なので、前は〇〇〇な感じだったけど、今はこんな感じの人だなーとか、あれ、新しい人いるやん!仲良くできるかなー的な感じで人間観察をするのが好きだ。
とはいえ、人間観察していることを悟られると非常にバツが悪いため、ぼーっとしている人を演じながら…(ここだけの話、何にも考えていなそうなことが伝わっているっぽく、効果はありそうだ…!)
さて、その活動を続ける中で、今回は特筆して人間関係って難しいなと思った。
人間関係の難しさ
先に断わっておくと、僕が誰かに貶められたとか、変な目で見られたとかそういう話ではない。
僕が刺されたことは本当になかったので、無傷だったんだけれど、周りで話していた人(仮にAさん)が確実に煙たがられている感じだったのがとても心にきたというやつ。
僕ならそういう立ち振る舞いはしないけれど、ちょっとだけ、その人の気持ちがわかる節もあって。ここが非常に難しいと思った。
Aさんはとても正直な人だと思う。
思ったことを独自の切り口でしゃべる感じの人。その切り口は非常に鋭利な刃物だし、鉄砲を持っている軍隊の中で、1人だけ自爆装置を持っている感じだった。
意見を言えるから、心強い存在ではあるのだが、自陣にいるAさんに少しでも気に障ることをすれば、軍隊ごと吹っ飛んでしまうような感覚。それでいて、割とストライクゾーンが狭い人なので、少しでもずれればすぐに爆発する。
Aさんを表面的に見ればこんな感じの人。
”表面的に”という歯に何かが詰まったような表現をしているのは、
僕はAさんの内面は表面と大きくかけ離れていると思ったから。
本当は、人一倍寂しがり屋で、一般常識がある人だと思った。
普通にゆっくりと会話できる状況だったら、すごく気が使えて優しい人だろうなと思った。
ただ、アウトプットがミスっていて大きく損をしている感じ。
そして、そのAさんと真逆のBさんが話す。
Bさんは、心の中は相当満たされていて、自信に満ち溢れていると思う。しかし、表面的に見れば、切り口はあまり鋭くなく、柔らかいシリコン製のスティックで優しくたたく感じの人。
そんなAさん、Bさんがいた時に、どちらが評価されるかは自明のことだった。
Aさんは煙たがられていた。
煙たがられたAさんの表情
Aさんの表情を少し観察していた。
心が強そうな人だったので、もしかしたらそういうことには慣れているのかな?と思ったからだ。
慣れていて、自分なりのやり方・コミュニケーションで解消できる人ならいいなと願ったからだ。
しかし、あの数時間ではAさんがそのような能力を持っているとは、判断できなかった。
というか、はっきり言うと持っていないと思う。
下を向いているのが似合っていたからだ。
僕ができた最大で最低限の行動
僕が実行できたことは何もなかった。
何も変えられなかったし、変わらなかった。”ヒトを変えるのは難しい”というのは重々承知だったが、こういう状況を目にすると、自分の不甲斐なさ・技術の不足が浮き彫りになるから、やるせない気持ちになる。
これはあの頃の記憶と密接にリンクしていると思う。
小学校の思い出。
いじめられている子と仲良くするが、だからと言って、自分が勇気を出していじめっ子を叱ることはできなかったし、自分自身はいじめっ子とも仲良くしていたこと。
今こそ、人を一面だけで判断できない”割り切れない性格”が働いていたと考えているが、その当時はなぜこんなに残酷なことをしているのだろう。と、反芻するが、改善はできなかった。
今は改善されてるのか?って言われると、全く改善されていないから時たま、自分への恐ろしさを覚えることがある。また、心の奥底では嫌われたくないと思っている自分の愚かさに嫌気がさすこともある。
今回もAさんBさん…には、よい顔をすることしかできなかったと思う。
とはいえ、それが僕という人間で、長い年月をかけて染みついているのだから、変わらないとは思う。しかし、何か自分にとって天変地異のような大きな出来事が発生したら変わるかもしれない。
最近考えていること
一旦、飲み会の話は閉じよう。
考えても、考えても結局同じような結論になるからだ。
こういう状況に陥る場合のほとんどは、自分に必要な引き出しが足りてないか、引き出しが開かなくなってしまっているからに起因すると思う。
多分後者?
なので、引き出しを開ける作業をしなければならないと思う。
そこで、1つ引き出しを開けてみる。これがどの引き出しを開けているかわからないが、なるべく近い場所にあることを願って。
構造で理解していることのデメリット
人の考え方の話だが、大きく2つあると思う。
①参考事例やうんちくを多く蓄えていて、今の状況に必要な知識を出してくる
②物事を構造で理解している
僕は圧倒的後者で、逆に知識が乏しいタイプ。
構造で理解しているからこそ出てくるアイデアは、それはそれで最高だし、見つかった時には本当に心から楽しめるのだが、、、
肝心な知識がないからこそ、取りこぼしていることも多いんじゃないかなと。
見えていない部分で損失が出ている。だからこそ、知識を蓄える努力をしなければならない。
だが、脳の構造的に多分知識を蓄えるのは難しいらしい。どうしたらいいのやら…と考えるわけだ。
逆は解像度が低いから全然違うかもしれないが…
多数の事例を保有しているからこそ、今抱えている問題に対して、直球のアイデアをぶつけて解決できることが多い。だが、アイデアをもとにした創作活動は苦手という感じだろうか?
未来の自分のために、もうすこしかみ砕いておくと、、、
カレーを作る場合、①と②ではこんな感じで考えているのではないだろうか?
①カレーにはAとBとCというスパイスを入れる。Aは酸味が強め、Bは苦みが出る、Cは深みが出る。野菜はDとEとFを入れるのが最高においしい。水はGmlで、、、、
②カレーは辛味の中にコクと若干の酸味があるので、なんとなく見た目で辛味がありそうなAを入れて、酸味が必要だからBを入れるかー。あと野菜はなんか色的に赤、緑、茶色とかがあった気がするから、C、D、Eあたりを入れよう。あ!あと、Fなんかを入れても面白いかも!!
書いてみて、理論派と感覚派?と表現できそうだが、それは表面上の話に過ぎない気もする。30%くらいあってそうだが、70%はちょっと違いそう。
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なんでこの話をしたかというと、人間関係に関しても、もしかすると構造で見ているかもしれないなと思ったから。
あの人は〇〇という感じだから、~~~な人かもしれない…!だからこうやって接することにしよう
→~~~な人かもしれない…!だからこうやって接することにしよう
この間隔が若干ありそうだなと。よく言えば相手のことを考えているし、悪く言えば、おせっかいで勘違いもあるという感じ。あと、人を信用していないと考えることもできる。
ここは、どちらかに完全に振り切ればよいというわけではないし、そうなったらまずいと思うが、それにしても自分は偏りすぎている方だと思う。
グラデを6:4くらいに調整したいなーとか考えているが、これもなんか数値的な思考で自分怖いなって思う。マーケターとしてはいいんだろうけれども。
いったん、すべてを取っ払って自由気ままに生きる。
これを実現できたら、自分も周りの人も、ちょっとだけ幸せになれるかもなと思ったこの頃でした。
それでAさんBさんを意識的に見ていました。

