仕事の仲間(友達)の自宅で繰り広げられていた飲み会。翌日に予定がある僕は、睡魔に勝てなくなり、仮眠をとることにした。
簡易的なベッドを用意してくれており、非常に心地よかったからか、すぐに寝落ちできた。
「30分で起こしてください―」と仲間に伝えてからすぐに記憶は薄れていった。
しかし、普段なら深く落ちているはずなのに、その時は10分ほどで目を覚ました。
アラームが聞こえたからだ。
あれ、アラームかけてないのになぁ……あ、電話か。
眠い目をこすりながら、さえない頭をフル稼働させるのには、8コール分必要だったらしい。
流石に待たせすぎたか、切れてしまった。
しかも、履歴を見ると5回以上連続でかけてきている。
???
初めて見る番号だから、一旦検索すると「小平市警察署」の文字が…
なんかやばいことしたかな?確定申告ミスってた???
とか考えながら、とりあえず出なきゃならないので、電話を取ると…
「今すぐ自宅に戻れますか?」とのこと。
一瞬テンパってしまい、
「あ、大丈夫なんですけど、結構時間かかるんですが大丈夫ですか?」
「でも来てもらわないとヤバイんで」
「あ、大丈夫なんですけど…」
「落ち着いてください…火事で家が燃えています。」
真っ白
「頭が真っ白になる」という言葉。あれを何度か経験したことはあったが、今回のは前例にない感触だった。
何を言っているのか、本当に理解ができなかった。
だって、僕は前日の朝から一度も帰宅していないためである。
3度言われてやっと理解した。
あぁ、やばいことになっているんだと。
電車も真っ白
とにかく急がなきゃと思い、遊んでいた2人には「ヤバイ…家が燃えたんで、帰ります…!」と言って、そそくさと逃げるように出て行った。
お邪魔させていただいたお宅は、駅まで徒歩30分ほどかかる立地だ。
普段ならアップテンポな音楽を聴きながら、ノリノリで走ったりするのだが、今回は何も考えられず、その道を歩いていたことすら今でも覚えていない。
音楽が入ってこないのだ。
自分を落ち着けるために音楽を取り入れようとするが、すぐに拒まれる。
最終的には、落ち着くために「伊右衛門のゆず茶」とマスクを購入。

ゆずはなんか優しそうだったから。マスクは、外の空気を気持ちよく吸う自信がなかったから。できる限り小さい世界で、なるべく目立たないように息を吸いたかったのだ。
急いで電車に乗ると、また同じ番号から電話が。
これも何を話したか全く覚えていないが、どの駅にいます。このくらいの時間がかかります。
というのを端的に説明していたんだと思う。
電車の中は真っ白だった。
音楽は耳を通らないし、かろうじて喉を通るゆず茶も、今思えば味を全く覚えていないほどだった。
真っ白な約2時間は、15分にも5時間にも感じるような妙な感覚があった。
自宅は真っ黒

真っ白なキャンバスに、真っ黒な絵の具を豪快に垂らしたかのように。
その落差によって現実に戻ってきた気がした。
真っ黒な自宅をみて、現実に触れて、かえって落ち着きを取り戻したような気もする。
いつもの、安心できる空間がそこにはなかった。
ただ、面影を残しているのが少し気持ち悪かった。
これが全く異形であれば、現実からもう少し逃避できたのだろうが、無理だとわかった。
待ち時間が長かったので、住んでいた5年間を振り返る
どうやら、家主が嘘をつかないように?認識のずれが出ないように?
情報をヒアリングする段階では、部屋の細部をチェックしてはいけないらしい。
だから、ヒアリング、検査、ヒアリング、検査、というように、どうしてもラグが発生する。そのラグは1セクション当たり1時間程度ある。朝6時から計算すると、10時間ほどは拘束されていたので、多分4時間ほどは待たされたんだと思う。
だから、その間に5年間のことを振り返っていた。
この家を選んだ経緯
僕は、大学卒業後すぐにフリーランスのライターとして活動することを決めたものだから、あまり家賃の高い家を対象とはしていなかった。
そして”中央線沿いがいい!”というささやきを何処かから聞き、真に受けたことで、吉祥寺の不動産屋さんに行くことになった。
あ、その前に荻窪かどこかの不動産にもお願いしたか。ただ、そこはチャリで内見に行く上、求めている家賃の軽く2倍を提案してくるような会社だったため、信用ができなくて、契約を辞めたんだった。
まぁ、吉祥寺の不動産もあまり良い印象ではなく、ザ・営業マンみたいな人が自慢をしてくるような接客だった。
僕自身、自分で家を借りるのが初めてだったので、へたくそだったんだよね。ご希望の条件は?と言われても、別にないですーと言っていたし、家賃は安ければ安いほどいい。しいて言うなら2部屋は欲しいなーとか言っていただけなので、良くない客だったよな。
それでいて、不動産側が提案してくる物件には何かと難癖をつけて、断わると。5提案されたのち、その営業マンは、「じゃあなんかいい物件ありました?」と逆切れされる始末。
ただ、実はその時に切り札を持っていた。誰も見ていなそうなサイトかつ超激安の家賃だったのが、今回燃えてしまった物件。
今は車に乗っているからわかるが、あの営業マンの「いやーさすがに吉祥寺から国分寺まで連れて行くことになるとは思いませんでしたよー」という言葉は、本当にそうだなと思う。
当時は、寺がついてるし、2駅くらいしか離れていないからあんまり変わんないでしょ。とか思っていたので、申し訳ねぇ。
20分くらい運転してくれてたね。
その間も、「このあたりの駐車場って2桁万円するんですよー。よっぽどの不動産屋じゃないと借りられないと思いませんか?」とか「3日以内に引っ越したい!ってお客さんが昨日来たんですけど、僕の腕で何とかしてあげましたよ…」
きしょいなーと思った記憶がある。
まぁ、そういうもんか。安いし、内見で別に綺麗だったら決めよう―と思っていたら、想像以上にきれいではあった。だから、そこにした。
あと、自分が通っていた大学と同じ名前がついていて、シンパシーを感じたというのもある。
割と住処に関しては基本運が良くて、僕が卒業のタイミングで激安大学の寮が閉鎖されるし、1年のころから2人部屋に1人で住まわせてもらってたし…とかで、縁を感じたら即乗っかるのがいいなーと思ってたから、決めた。
あ、でも結局ザ・営業マン会社が契約している不動産ではなく、違う会社が連携しているとのことで、最終的には少しの仲介手数料を取られ、次の不動産屋に流された。(流された先の不動産屋さんはものすんごく印象が良かった。これもラッキー)
住んでみると、
・日当たりが悪ーい
・湿度が高ーい
・畳って汚れるー
・外観汚い!!
・扉がきしむ
とかで不便を感じる部分は多々あったが、愛着があったので、可愛いもんよーと許しながら付き合っていた。
この家に住んですぐの頃の話
当時、Webライターで頑張るんや!
と意気込んでいた僕は、Webライティング・SEO系のYouTubeを冗談抜きで5,000本ほど見ていたと思う。普段は情報発信している方を見るのだが、たまに息抜きで「デスク環境の紹介」みたいな動画を好んで視聴していた。
その中で出てきたアイデアが「押入れデスク」
最も参考にさせていただいたのは、この方の動画とブログ。
コックピットみたいな環境で、集中できそう。あと、好きなものが詰まっている空間ってめっちゃいいじゃん!と感じ、引っ越したら絶対に押入れデスクを作ろうと思った。
これを決めたのは大学の寮にいた頃で、その頃から紙に押入れをスケッチして、何をどうやって置こうかというのを考えていた。

これは多分、もう少し後のやつだけど、こんなのとか書いていたね。
ある意味、作業のモチベーションにもなっていた。
とはいえ、最初は何も集まらないので、このレベル。

多分これがわかりやすいけど、目標を壁に貼って、絶対に達成するぞと頑張っていた。
このころを思い出して、結構偉いなと思うのが、抽象的な目標を立てつつ、ちゃんとずれないように具体的な数値まで落とし込んでいたこと。
例えば、集中!と書いてある横には、確か、1日2万文字執筆→そのために1時間で3000文字執筆!→そのためにリサーチと執筆を一緒にやってみる。
とか書いてたと思う。
最初の3か月くらいで割と進んだ→そこからの変遷
最初は、押入れデスクを作っていこうーと、あくまで趣味の延長でやってきた。ブログでもたまには発信するけど、関連性は特に持たせず…という感じ。
だって、最初のころのロゴとサムネこんな感じでしたからね。


やりたいことはめっちゃわかるし、SEO流入を狙っているんだなーというのはすごく伝わる。だけど、今思うとオリジナリティがないよね。だから、流入はあったんだけど、何にもつながらないみたいな。
そこから、もう少し押入れの環境が成長してきて、ちょっと自信が出てきたわけだ。「なんかよさげじゃない?」って
押入れデスク7割で作ろう編

今のと比べると、まだ成長しきっていないが、だいぶ形にはなってきたんじゃないかな?
これが、2021年12月の写真でした。
そこからブログの方向性が少しずつ変わっていきます。
2022年1月からはもう少し繊細な雰囲気で行こう。となります。
確か、このあたりから仕事のやり方も変えようと意識をし出した気がする。
とにかく執筆して納品という仕事だけだと、頭がパンクするので、もっとじっくりコミュニケーションが取れる仕事を…と。
仕事のやり方を変えよう編

なんかこういうロゴみたいなのができたりね。
これは、一筆書きでうにゃうにゃやっただけのなんの意味もない線だが、武宮の「た」にも見えるし、横顔にも見えるというので、割と気に入っていた。
が、何なのかわからないため、もう少しわかりやすくしようと…

タイトルとかも全部変えて今の「押入れの暮らし」の原型が完成。
このとき思ったのは、押入れデスクで作業するライターで、結構楽しいよーみたいなのをなんとなく伝えようとしていた気がする。
あと、この頃は結構儲かっていたので、奮発してカメラを導入しました。(残念ながら今回ので焼けちゃいましたが…)
画像が綺麗になった!
クオリティを上げよう編


押入れデスクもほぼ完成していて、いい感じになっている。
ただ、画像を見てもらうとわかるが、押入れの天板の上で厚みのあるキーボードを操作しているため、若干やりづらそう(やりづらかったし)
だから、押入れの下に引き出しをつけることにしました。
そうそうこんな感じ。これが2023年12月のこと。

押入れの下も割と充実したりと。
で、24年になるとほぼ完成。
何を伝えたいかが割と決まってきた編
このくらいからコーヒーガチ勢になりだしてトーンを合わせてたので、ちょっと暗めの写真が多いかな。


で、このあたりから悟り時代に突入(闇期?)
もっと、考える人編
もっと考えて仕事をしたいのに、そういう案件が回ってこない…だとか、AIが出てきて代替される…とか、今後の働きかたを考えないと…とか考えていたと思う。
あと、一番大きかったクライアントさんに30万円持ち逃げされて契約切られたりとかもあったし、自分の昔について考える機会も増えて行ったと思う。

ちょうど、スイッチでロックマンエグゼのゲームが出るというので、さすがにswitchを買おうと思い、勇気を出して購入したと思う。結構進めたし、ストーリーを進める中で、昔のことを思い出したりもした。
今回の火災で、恐らくswitchもダメになっているだろうし、セーブデータは悲しいことに消えていると思う。小さい頃だと泣きじゃくっても気持ちが済まない程度だったと思う。
しかし、今は悲しさはあるが、セーブデータという目に見える成果よりも、自分の心と対話したあの時間が本当に貴重だったなと思い出せるから、あの頃よりは成長しているかな。
で、このあたりから映画を見るようになったり、趣味に全力になったりして、結果として文章の書き方も大きく変化したと思う。
AIが出てきて、人間にしか書けない文章を求めた結果なのか?いや多分、心の動きや思いついた言葉をラグタイムなくすぐに掬える状態になったからだと思う。文章を書くことへの抵抗はすでになくなっているし、より細かいことに目が向くようになった。
ちょっとだけ平行線だった最近
最近は、ほとんどの仕事をAIに任せていた。
自分が作業をする→任せるためのコミュニケーションの取り方を学ぶ
へとシフトした結果、割と素早く高品質なものを作れるようになってきた。
結果、仕事に張り合いがなく、割と給料はもらえているからありがたいが、ここからどうやって成長すべきか?そもそもこれが今一番楽なんじゃないか?
とか考えちゃったので、平行線だった。
コンテンツ自体も、余りとがっていなかったし、それはいいんだけど、結構省エネで書いていた気がするなぁ。
ちなみに、そう思うようになったのは、確実に「堀本見」の影響である。
YouTubeから入って、面白い人いるなーとブログを読み進めて行くと、全然文章のクオリティが違うなと思った。
僕には僕の良さがあると思うけど、それでも到達できない何かがあるような気がしていた。
だから、今回も動画を大量に見る作戦で、自分の声をどうやって読者に届けるのかについて、深く考えるようになり、少し、平行線から脱却できたのではないかなと思っていた。
ドン底・家が燃えた
実は、押入れデスクを含め、あの家には結構愛着があって。
最近は少し割り切れるようになってきたが、昔は、ずーーーーっとあの部屋に住んでいたいと思っていたし、もし次の家を借りるとしても、この部屋はお金が無くなるまで契約を続けようと思っていた。
つんく♂さんが最初の一人暮らしの部屋をずっと借りているのは有名な話だが、そんなことができるのいいなー!という憧れとオマージュであった。
あと、普通に「離別」が苦手すぎるから、その流れを引き継いでいることでもあるとは思う。
ある意味「執着」になっていたかもしれない。
このことは、今回のように無理やり引きはがされるような環境がないと、思わなかったこと。火事がちょっとした過剰な呪いを解いてくれたと言えばそうかもしれない。
あと、火事で頭が真っ白になっているとき、いつもよりもクリアに世界を見ていた気がした。
昨日起こったことで、今でも嘘なんじゃないかと思っているし、さっき仮眠から起きた時は、もう一回部屋に戻ったら、そこにはきれいな状態のあの部屋があるのかもしれないと、心の底から思ったくらいだ。
5年間の苦しみを、その数秒で焼き尽くしていく「火事」というのは本当に怖く、もう2度と会いたくないと思っている。恐ろしい怪物だと思う。
ただ、このドン底の中にも光はあって、周囲の友人はみんな心配をしてくれるし、本当にゼロから、あの部屋に引っ越したあの瞬間に”疑似的”ではあるが、戻った気がしていて。
普段ではあまり考えない比較の機会を無理やりプレゼントしてくれた気がする。
あの頃はがむしゃらにSEO対策とWebライティングに向き合っていたが、今はクレバーになってしまったから胡坐をかいている。とか。
あの頃のワクワク感を今も持っているかい?とか。
なんであの頃はあれほど勢いがあったんだろう?とか。
残酷な中にも見つめ直す良い機会があったのではないかなと思っている。
5年間の儚い記憶をたどってみた
5年間、様々なシーンがあって、その時々で全力を出してきたつもりではある。
改めて見直すと、たくさん思うことが出てきて、久しぶりの長文ブログを書いてしまった。
文字通り、5年間の全てを無にした炎は、僕にトラウマややるせなさ、絶望感を与えようとしてきたのかもしれないが、この1日を全身で感じてみて、武宮はそんなにヤワじゃないらしい。
これまでの1日1日が、強い自分を作っていて、それがハードディスクのように記録媒体に上書きされていくような簡単な仕組みではなく、どれだけ燃やされようと絶対に破れない・燃えない強固な膜の層が幾何と積み重なっているのだと思う。
だから、この5年分を取り戻すのは一瞬だろう。
また、理想の押入れの暮らしを再開・アップデートするために、明日も頑張りたい。
追伸

SEOもブログもやっていない大学2年生の僕が働いていた、ステーキ屋さんに行きました。
0になった僕と当時の僕は非常に似ていて、とても重なるよう。あの時よかったなーという懐かしさよりも、俺はどうやって生きて行けばいいんだ?と前を向きながら、それでいて何も変わらない「やるせなさ」に似た記憶・栄養を吸収できた気がした。